高校教科書再活用のすすめ ~受験生への小さな苦言と大きな提言~ (2)


  ここまで書くと、きっと現役の受験生の皆さんから反論が起こると思います。現実に目前に入試が迫っている以上、入試科目の勉強だけに集中しなければならない、好きで入試科目以外の科目をすてているわけではない、この時期になってこんなブログを読んでも何の励みにもならない・・・などと。気持はよくわかります。私だって、この時期に慌てて入試科目以外の勉強を始めろ、などと受験生の皆さんに言うつもりは毛頭ありません。少数科目入試に起因する学力低下は国全体で取り組むべき教育制度の大問題であり、私のような一介の教師が悲憤慷慨したところで何の解決になりません。そこで、もし、これを読んで下さっている受験生の皆さんが不幸にも高校で入試科目以外の勉強を捨ててしまったとしたら、私は次のような提言をしたいと思います。

1.まずは、目前の入試を制して志望校に合格する。
2.めでたく大学に合格できたら、入学までの自由な時間や入学後の暇な時間に、入試科目以外の高校の教科書を「1冊の本」として、改めて通読する。
3.各科目の基本事項は、学部学科を問わず知っておかなければならない一般常識であると自覚し、徹底的に覚えなおす。
4.ニュースや報道の中で知らない事柄に出会ったら、すぐネットで「ググったり」せず、できるだけ高校の教科書から知識を得るように努める。
5.最後に、高校の勉強が実社会で役に立ち、面白いものだということを実体験できる機
会を積極的に見出す。

 私が以上のような提言をするのは、私自身が高校の勉強や高校の教科書が後からとても役立ち、かつ、面白いと思った機会をたくさん経験しているからです。手前味噌かもしれませんが、いくつか紹介したいと思います。

 其の一。私が初めて自分でお金を稼いだのは、大学1年の時に測量会社でアルバイトをした時です。朝早くから、作業服にヘルメットのいでたちで、ポールや三脚を抱えて、測量士といっしょにあちこちの作業現場を回りました。測量士がポール(「標尺」といいます)の目盛を読み取っている間、私はポールをまっすぐ水平に支えているのが仕事です。ポールには気泡管という装置が取り付けてあって、中の気泡が真ん中にくるように支えるのですが、これが案外難しい。特に風の強い日はどうしても左右に大きく揺らぎ、何度も「こら、しっかり持ってろ!」と怒鳴られました。読み取りがうまくいくと、測量士は手早く手帳サイズのフィールド・ノートに何やら数値を書き込み、夕方会社に帰ってから複雑な計算をするのです。ある日、作業中の測量士の書類を盗み見たら、sincostan・・・と、高校の数学でさんざん苦労させられた、「例の記号」のオンパレードではありませんか! そうです、測量は三角関数の応用なのです。測量しようとする区域をいくつもの三角形で網のように区分していき、各三角形の内角と1辺(「基線」といいます)の長さを測定します。これらの測定値を用いて、次から次へと計算を拡大していく。当然、正弦定理や余弦定理が必要になります。あまり三角関数の知識を身につけていなかった私は、これを契機に数学の教科書を読みなおし、測量の原理を理解しました。そして、机上の学問と軽視気味であった数学が、国土開発や建設の基礎となる重要な分野に活用されていることを知り、感動するとともに、数学が面白くなりました。

 其の二。大学を卒業して、私は理化学機器のメーカーに就職しました。実は、就活に失敗して大変な目にあったのですが、ここでは触れないことにします。その会社で、私は主に輸出と海外の市場開発を担当していました。営業系社員ではあっても、理化学機器を扱っている以上、技術的なことがまったくわからなければ顧客に商品の説明もできません。しかも一応は海外要員なので、外国の技術者をアテンドしたり国際見本市(trade fair)の自社ブースで来客に応対したりする機会が多く、下手な英語で技術的な話題についていかなければならないのです。もちろん、会社では一定期間工場実習などもあり、製造販売している製品のイロハは覚えさせられます。しかし、技術系社員には遠く及びません。何しろ知識のバックグラウンドが違いますし、製品への向き合い方が全然違うのです。それでも私は私なりに、取り扱う製品に興味や愛着はもっていました。中でも最も思い出が深いのは、大規模な純水製造装置(distillation apparatus)です。医薬品や半導体の製造など工業目的にも、医療や教育の現場にも、そして飲料水に恵まれない地域の人たちのためにも、大きな貢献のできるすぐれものです。水を浄化する方法として、活性炭フィルターによる濾過は誰もがご存じだと思います。しかし、これとは別に、あるいはこれと組み合わせて、イオン交換樹脂や逆浸透膜(reverse osmosis; RO)を用いると、より純度の高い水が産出できます。さらに紫外線滅菌ランプで滅菌すれば万全です。この当時の私は、イオン交換と逆浸透膜の原理がわからなかった、というより、知らなかった。そこで高校の化学の教科書に救いを求めたところ、私が仕事で必要とする以上の詳細な説明が書かれていました。高校時代に宝物に気づかぬまま、通り過ぎてしまったようです。以来、私は化学が大好きになりました。

 

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