翻訳者泣かせのタイトル

さて、冒頭からクイズです。下記の文学作品の著者は誰でしょう?

A Wild Sheep Chase

ロンドンの書店をのぞくとフィクションの棚に、Haruki Murakamiの作品がずらりと並んでいます。Norwegian Wood, What I Talk about When I Talk about Running, The Wind-up Bird Chronicle, Kafka on the Shore, Undergroundなどなど。上記のタイトルはその中の一冊。村上春樹の初期3部作の1作『羊をめぐる冒険』です。

店頭の目立つところに平積みなっていることもあり、村上春樹が一部の文学オタクに読まれるだけではなく、海外でも幅広い読者を得ていることを、改めて実感します。ジェイ・ルービン、フィリップ・ゲイブリエルというすぐれた日本文学研究者による英訳がなされた意義も大きいと思います。

さてその翻訳者泣かせなのが、村上春樹の最新作『1Q84』のタイトルです。これはイギリスの小説家ジョージ・オーウェル(George Orwell, 1903-1950)の最後の作品Nineteen Eighty-Fourのもじりです。この小説のタイトルはイギリスでもしばしば1984と数字で短く省略されます。これを「イチキュウハチヨン」と読み、9を同音のQに変えて『1Q84』としたわけです。

内容は直接関連しているわけではありませんが、村上はオーウェルを土台にしています。オーウェルが不気味な近未来を予測し、村上は日常生活の背後に潜む暗く閉ざされたパラレルワールドの可能性を提示します。いずれも架空の世界に現実の負の面を映し出した、いわゆるディストピア小説です。

『1Q84』という文字だけでもオーウェルの1984との連関はある程度明らかですし、Qはquestionの頭文字で現実に対する問いかけを示唆しているのかも・・・というところまでは伝わるでしょう。しかし同音の9とQの言葉遊びは日本語のわからない人には通じません。(タイトルに「日本語では9とQは同じ読み方である」などという注釈をつけたらしらけてしまいます。)このあたりが言葉というものの面白さであり、難しさでもあります。

先日、オーウェルの新訳が出たので読んでみました。とても読みやすい翻訳になっています。オーウェルは人々の生活を常時監視する「テレスクリーン」という恐ろしい機械が近未来に普及することを想像しました。双方向の情報ツールがすでに実現している現在では、SFという印象は薄まり、全体主義に対する警鐘を鳴らす寓意文学として読めます。訳者の高橋和久氏は『一九八四年』と題名には漢字を使っています。書かれてから半世紀以上を経たこの現代の古典的名作には、「イチキュウハチヨン」というデジタル信号みたいな読み方ではなく、「センキュウヒャクハチジュウヨネン」という普通の読み方の方がふさわしいでしょう。

村上春樹の『1Q84』の完結編Book 3が4月に出ます。こちらも楽しみです。

 

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