ブルネイの7つ星ホテル

夏休みの期間を利用して、東南アジアの一国ブルネイに行ってきました。そのブルネイ、および陸続きの国境を越えて何度も出入りしたマレーシアのサバ州とサラワク州の様子について、2回に分けてレポートします。

ブルネイは1984年に独立した新しい国で、名前ぐらいは聞いたことがあっても、実態を知る人は少ないかもしれません。たしかに人口は30万人ほどで、東南アジア11ヶ国の中でも最も少なく(ちなみに草加市の人口は24万人)、国際社会はもとよりアジア地域においても、けっして目立った存在ではありません。
 

とはいえ、石油と天然ガスに恵まれて国民の平均所得はアジアの中では日本、シンガポールと並んで高く、個人の所得税はゼロ、医療や教育はただ同然、さらにこの国の王様(スルタン・国王)は「世界一のお金持ち」として有名だったりします。また、イスラムを国家の中心に据えた国づくりをしており、人口の3割が外国人出稼ぎ労働者、国民の8割が公務員といった面などを含めて、アジアというより中東産油国に近い国家システムを持つ国という感じです。

エネルギー資源にこと欠かないだけに、最近の日本のような「エコ・ブーム」とはほとんど無縁で、プリウスなどのエコカーもまったく見かけません(最近やっと4台ほど輸入されたとのこと)。一方、同じボルネオ島の国境を隔てた陸続きの地域(マレーシア、インドネシアの一部)で大規模な森林伐採が行われ、熱帯雨林の多くが消滅してしまったのに対して、ブルネイ(千葉県より一回り広い面積)では密生した熱帯雨林の大ジャングルがほぼ手つかずのまま残され、国土の約8割を占めているというエコな面もあります(最後の写真参照)。

また、天然資源の枯渇に備えて独特の産業を築こうとする国家戦略の下、入場料無料の大規模テーマパーク(現在は小額の入場料を徴収)、メディカル・ツーリズムのための高度医療センター、国内の富裕層や外国人の子女を対象としたハイレベルなインターナショナル・スクール、超豪華なリゾートホテルなどを国家(王室)主導で作り上げてきたという国づくりのチャレンジもかつてありました。

そんな、小さいけれどちょっと興味深い国がブルネイなのです。今回は、このブルネイにある「7つ星」と言われる「ザ・エンパイヤ・ホテル」(The Empire Hotel & Country Club Brunei Darussalam: http://www.theempirehotel.com/)について書き留めておきます。

「7つ星ホテル」と称されるホテルが世界には幾つかあります。アラブ首長国連邦のドバイにある海に突き出た三日月型の世界最高層ホテル「ブージュ・アル・アラブ」、北京に最近できた超高級ホテル「北京盤古七星酒店」などを指しますが、ブルネイの「ザ・エンパイヤ」も、しばしばその「7つ星」カテゴリーに入る豪華ホテルとして取り上げられます。
 

通常、ホテルの格付けに使われる「星」の数は1〜5までで、一般的なレーティングで6以上の星が付くことはありません。したがって、星7つといっても、それは「いわゆる7つ星」ということで、「☆☆☆☆☆」のカテゴリーからはみ出すほどの豪華さ、という意味でそう呼ばれているといったほうが良いのでしょう。もっとも、ホテルの格としての星の数に厳密な統一基準があるわけではないようで、国ごと、もしくは評価する主体ごとに微妙に異なっていることもあるので、北京の上記ホテルのように、自称「七星」ホテルが出てくる余地があるわけです。

さて、その「7つ星」の豪華ホテルの一つに、なんと8泊もしてしまった私の感想はというと・・・幾つかあります。

第一に、ホテルの建物のデザインや内外装、広大な空間を使ったリゾート施設、国際的トーナメントも開けるゴルフ場をはじめとする各種スポーツ施設、敷地内に配された映画館やレストラン群などは目を見張る豪華さと質の高さを誇っており、評判どおり圧巻でした。約10年前に、贅を尽くした豪華なホテルを建ててブルネイの象徴としてアピールするという国策の下に、オイルマネーをふんだんに注ぎ込んで作ったのですから、それもそのはずです。

実際に、使用されている大量の大理石や金箔、そして各種木材なども厳選された本物で、その質感の高さに驚かされます。近代的な欧米系の5つ星ホテルが、一見豪華でもじつは大理石風の合成樹脂といったイミテーション素材を多用している昨今、エンパイヤの絢爛さは筋金入りといえます。また、途上国にありがちな、表はきれいでも裏に回ると粗悪な手抜き工事といったことも、少なくとも滞在中には目にしませんでした。こういったハードウェアの面では間違いなく超一流といえるでしょうし、ブルネイという国にとっても貴重な財産であり、潜在的にはとても有益な観光資源であることは間違いありません。

第二に、ソフト面、つまりホテルが従業員を介して提供するサービスの面についてです。この点は、ハード面の豪華さや高品質さとは裏腹に、がっかりさせられる点が多々ありました。具体的には、ベルボーイやフロントのレセプショニスト、コンシャルジュ、ビジネスセンターのアシスタント、さらにはクリーニング担当のスタッフなど従業員の態度や客への応対です。人にもよりますが、概して、笑顔が少ない、言葉が少ない(必要最小限の実務的反応しかない)、客への配慮が少ない・・・といった面です。ひっくるめてホスピタリティーというならば、その点がハードウェアに比べて大きく欠けているとの印象です。


2年前の夏にもうひとつの「7つ星」であるドバイのブージュ・アル・アラブに「潜入」した時に感じた超一流のホスピタリティーと比べると、その差は歴然としています。「潜入」といったのは、このブージュ・アル・アラブは宿泊客(最低でも1泊20万円以上)かレストラン(夕食は1人3万円程度)の予約客しかホテルの敷地内に入れないので、この時はやむなく日本円で7000円もする朝食を予約することでなんとかホテルに入れてもらったからです。一度入れば後はこっちのものなので、7000円分くまなく内部を見せてもらいました。

この時に感じた、「客が何かを求めて動こうとするその直前に、従業員がそれを察してすでに笑顔で動き始めている」といったレベルをホスピタリティーの一流品とするなら、ブルネイのエンパイヤ・ホテルのそれは残念ながらまだまだ三流の域といわざるを得ません。まあ、ただの宿泊施設としてそのようなレベルのサービスを期待しないのであれば、十分に快適ではあるのですが、ハードが超一流なだけにバランスの悪さが特に印象に残ってしまいました。ちなみに、星の数のレーティングは、ホテルのハード面を中心につけられており、ソフト面の不十分さは星の数には反映しないようです。
 

第三は、「7つ星」に見合わない驚くべき激安価格という点です。他の7つ星ホテルが最低でも一泊10万円をくだらないのに対して、エンパイヤ・ホテルは円高も手伝ってなんと1泊約1万円(!:それでなければ8泊もできません、私)、しかもかなり豪勢なビュッフェ式朝食付きです。別に特殊なルートを使ったわけではなく、ホテル自身のオンライン予約サイトに日本から予約を入れただけです(旅行代理店を通すと2割ほど高い)。当初は民営(半官半民的)として営業するはずで、最低価格も5〜6万円に設定されていたようですが、需要が低いのと途中から国営として運営されるようになったことなどから、採算度返しの価格設定がされているようです。

第四に、上の点とも関係しますが、宿泊客、利用客がものすごく少ないということ。近くのシンガポール、マレーシア、タイ、インドネシアなどでは、施設面でエンパイヤの足元にも及ばないのに宿泊代が数倍もするようなリゾートホテルが満杯の盛況だというのに、ここエンパイヤではホテル内のどこに行っても人影はまばらで閑古鳥が鳴いている状態です。まるで貸し切りのようにホテルを使えるのはありがたい反面、なんとも不思議な光景、不思議な現象に映ります。

ブルネイへの直行便がないとはいっても、穴場をみつけるのに目ざとい日本や欧米の観光客がこの超高級・激安リゾート施設に押し寄せないのはなぜなのだろう・・? 観光資源を活用できない国の無策のせいなのか、イスラムに厳格で国内での飲酒を禁止している国柄のせいなのか、もしくは国営の殿様ビジネスでそもそも宣伝やプロモーションをする気がないのか・・・。この状況をみて、ツーリズムの促進には観光資源そのものとは別に、それをアピールする意志と能力がいかに重要かを痛感させられます。

ホテルを出て街や地方に出かけても、興味深い情景に出くわすことが多いブルネイです。アジア有数のオイル・リッチ・カントリーとはいえ、途上国特有の貧富の格差はあちこちで見受けられますし、天然資源に依存しない産業の開発に苦悩する姿もあります。また、イスラムと近代化の折り合いの付け方や、人口の3割に達する外国人出稼ぎ労働者の処遇などにも、この国独特のあり方が垣間見えます。

ということで、小さいながらも、考えさせられることの多い国、ブルネイでした。
  
 (文・写真:金子芳樹)

 

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